先週末、CC決勝 はもっと先と思い込んでいて BOSJ の方に行ってしまったゆうやみです。こんにちは。

去年の1.5ドーム 以来なので1年半ぶりのプロレス観戦ですが、中々良かったですよ。選手の名前と立ち位置と世間の評判は分かるけど持ち技、持ちムーブになるとかなり怪しいし、試合まともに見るの初めてみたいなメンバーが多かったので、新日Jrの今をおさらいできて良かったです。まぁ一試合の持ち時間が10分そこらでエキシビジョンか練習試合って感じなので本当におさらいだけって感じですがね……

とまぁなんか褒めてるのかけなしてるのかよくわからない感じなんですけど、ここ10年ぐらい個人的に抱えていた、プロレスに対する熱の不完全燃焼感とその理由が、この興行を見ていてようやく言語化できた気がしていて 、今日はそのことについて書きます。

原因

今のプロレス興行は試合単位でも興行単位でも計算、コントロールされており、レスラー側も与えられた立場、ミッションを確実にこなす意識や能力がついてきて、確実に80点を取りにいける体制になった 一方、客の想定を超えたクオリティ、100点以上の試合=ベストバウト、あるいは興行 を出さない、出にくい構造があると思っています。

その構造が原因で、

  1. (俺が特に熱を入れて見ていた00年代後半のような)見終わった後に燃え尽きるレベル、大熱狂が期待できない
  2. 「まぁ今日は別に行かんでもいっか」みたいな感じで観戦から足が遠のく
  3. 選手とかに触れる機会がなくなって、ドラマが追えず、知識や印象が更新されない
  4. よく知らない選手が増え、余計に期待感が下がる、試合の真価が伝わらない

という 負のループに陥ってしまった のが原因と考えています。

想定される反論

  • 加齢で感性が衰えた
  • 逆に観戦しすぎてラインが上がりすぎてる
  • あるいは試合なり興行の変化に自分が合わなくなっている

というような、「俺個人に起因する問題だろ、業界のせいにしてんじゃねぇ」という反論はありえると思うし、全く無いわけではないと思います。しかし俺はそれでも構造の問題が大きいと感じています。

ベストバウトとは何か

「観客の大熱狂を生みだす試合=ベストバウトを残すのがレスラーや団体の使命であり、そうでなければビジネス面でも生き残れず、犠牲を払ってでもベストバウトを増やすのが正義」 というベストバウト至上主義が自分のプロレス観としてあります。ただベストバウトの定義が曖昧過ぎると思うし、人によると思うので、自分なりの定義をもうちょっと言語化しておきます。

まずレスラーの技巧、体力、根性、発想が最初にあり、そこから生み出される観客の感情/熱狂が一定のラインを超えたものがベストバウトと呼ばれるイメージがあります。

次に勘違いしてほしくないのが、決して四天王プロレスやハードヒットやデスマッチみたいな、怪我を覚悟して限界まで体張るプロレス、タフマンプロレスとイコールではない ということです。対極に位置するであろうWWEにも全然ベストバウトはあるし、ムーブのアイデア勝負の趣のあった全盛期TNAのXディヴィジョンは絶賛してるし、その一方で10年代後半あたりのノア(ストライカーが異常に多かった)の緩急もくそもない殺伐した打撃プロレスには身体は張っているもののイマイチ乗り切れてなかったですし。ただし体張ることとそれなりに強い相関関係はあると思っています。

あと 長時間マッチならベストバウトかと言われればそれも違う。 例えば60分時間切れなんて正直コントロール/プロデュースされた試合の極致だと思うし、体張ってるのは分かるけど残念なことにしょっぱい試合なんてごまんとあるし。

最後にレスラーの歴史や人間関係のドラマやそこに対する理解度ってベストバウトを生む要素だと思っています。そこの重さに対する評価は人によって違うとは思うけど、前述の負のループに陥っている自分はそこが足りなくて、熱心に追ってるファンと同じ物を見ていても、感情移入や細かい背景を理解できずに評価が辛くなりがち なのかなというのは、現在も熱心に追っているプヲタの人らと比較して感じています。一方で、「全く知識のない一見さん相手でも試合内容で心を掴めよ。当時はそれをやっていたし、今は常連さんありきになってない?」「今の業界が、安定はしてるけど伸び悩んでいる原因じゃない?」 とも思ってます。

この手の話となると、ついつい棚橋、オカダ、内藤、ケニーみたいなスターをどうやって生み出すかみたいな話になりがちですけど、割と興行や試合構造がネックになっている可能性はあると思っています。

じゃあ今のプロレス業界は悪いのか

いや、そんなことはない。総合的には絶対に良くなった。

結局、ベストバウトって選手寿命と引き換えの側面がある し、三沢さんもその犠牲者だと思う。他のエンタメや芸術分野でもそうですけど「最高傑作を残すために全てを犠牲にしろ」なんて美学、自分で実践するのはともかく、他人に強要してはならないとも思います。エゴですよ。エゴ。それで潰れても誰も責任を取らないし、そもそも大して金も出さないのにね。(自虐) 体張りまくって素晴らしい試合をし続けたのに金銭/名誉ともに報われなかったレスラーがぞろぞろいるのを知っていますから。

サイバーエージェントとブシロードがバックについて複数団体を経営するようになって、試合や興行はコントロールされて怪我のリスクが減り、良くも悪くもビジネスとして計算が立つようになって 、金回りは相当安定するようになったし、良いレスラーが報われる環境になったのは本当に良かったと思っています。

それから俺が熱をもって追っていた00年代後半が最高だというとそうでもなくて、メインで大熱狂を生み出しつつも、前半試合がウルトラ手抜きだったり、義理人情で塩ベテランレスラー抱えがちだったりして 予定された塩試合 があったりとか、気合入れたメインが大外れだったりとか、とにかく不安定だった。8試合構成で前6試合が超しょっぱくて、セミとメインだけ名試合とか普通でしたねw 試合単位もそうだし興行全体見ても当たり外れが多かったので、今は本当に安定しましたよ、本当。マジでプロレス観戦の初めての人を安心して連れていけるの、ドラゲかノアで鉄板カードが2個以上組まれた場合ぐらいしかなかったもんね。

だが……それでもあの時代の熱狂を知っている身としては今でもそれを求めてしまうんだよな。

じゃあ熱狂は諦めるしかないのか

自分は全く追えてないんだけど、AEW は自分の考えに近い考え方で運営してる/してたんじゃないかなとか勝手に思っています。昔からの知り合いで、プロレス知識に関して信頼している140字さんの試合評価とか、興行における試合の組み方とか見てて、先入観持ってるだけなんですけど。マジで最後の理想郷なのかなという気がしています。まぁここ2-3年くらいは怪我人とか所属レスラー多すぎてセーブしだした印象も受けていますが……。

この話って、本質的には(よくある)ビジネスとクオリティ&クリエイティブの対立だとも感じています。昔は二つが両立していた(ように見えていた)時期もあったけれども、弊害がありすぎて、今はビジネスが最大化される流れになっている。そこをあえて乗り越えるのは道楽でしかなく対価が必要。その対価を覚悟して意識的に支払っているのが、好事家にして大富豪のトニー・カーンという構図にも映ります。ホンマ単体黒字なってるのか怪しいし、「金のことはいいからヤバい試合見せてくれ」っていうパッションで駆動してそうな印象がある。

俺も00年代から「将来500万ぐらい使って後楽園で過小評価されてる国内外の安い試合巧者を集めて、全試合最低15分以上、6試合ぐらいの興行したい」ってちょくちょく言ってますからねw はぁ~2026年になってもそれぐらいやれる貯金も貯まってない自分の不甲斐なさに情けなくなるぜ……